書きつくし!

書き尽くそうと思います

物を捨てた先に理想の未来が待っていると信じることが出来ますか?物を捨てても何も変わらなかったらどうする?

どうも。冒頭の挨拶もストックを作っておくべきだったと思っているギャクバリです。さて、6回目の今回は、「ミニマリスト・こんまり流の『片づけをすると人生が変わる』というメッセージが、逆にミニマリストになるのを躊躇させているのではないか」という内容について書きます。

 必要なモノだけ・お気に入りのモノだけ残せば、理想の未来が貴方を待っていそうですか?万一、部屋は変わったのに、どうしようもない自分だけ残っていたらどうしますか?

突然ですが、あなたの物の厳選作業はすんなり終わりましたか?それとも、ミニマリストになるべく実践している途中でしょうか?はたまた、止めてしまったクチでしょうか。

私は、どれかに当てはめるとするなら、最後の「(こんまり流を)途中までやって、止めてしまったタイプ」です。3つ目の記事にも書いた通り「服」と「本」(とCD)のみを選別してドロップアウトしています。

理由は、「服と本以外を積極的に厳選するほど、その他のこまごました物に興味を持てず、時間を割く気になれなかった(服には思い入れがなかったと3つ目の記事に書いていますが、選別しておけば毎日の服選びが楽になるという確信があったので、モチベーションは高かった)」というのもありますが、もう一つ大きな理由があったと思っています。

「物を捨てて本当に自分は変われるのか?」という疑問

当時の私は、やはり心のどこかで「物を厳選した先に、近藤麻理恵(こんまり)さんの本に書いてあったような理想の生活が待っていてほしい」「何か劇的な変化が自分に起こってほしい」と思っていたんでしょうね。

一方で、「物を選び抜いたところで、自分のだらしない部分、駄目な部分が、嘘のように変わることがあり得るだろうか」と、疑問に思ったわけです。「変わらない可能性が高いな」と薄々感じた私は、物はそのままにしておくことに決めました。

当時の私が「変わらないだろう」と思ったのは無理もない話で、「こう動きたい」「こうなりたい」という展望がなかったので、実際に物を捨てていても変わっていなかっただろうと思います。いくら大好きな自分の物でも、私に「こうしたらいいよ!」と未来までは教えてくれはしませんからね。

まあ、「卵が先か、鶏が先か」のような話で、「物と向き合ったら自分がどうすればいいかが分かる」という教えだった気がしますが、当時の私は、全ての物と向き合うモチベーションもなく止めてしまったわけでした。

最後の切り札として「物を厳選すれば現れる“理想の自分”がある」と夢見ておきたい

そう。「実際に物を選別した結果、ちょこっとだけ変わっているかもしれない微妙な自分」よりも、「これから先、必要に迫られた時に、物を厳選したら訪れるであろう“理想の自分”」の方が魅力的ってことですね。

私が、「片づけブログや動画、ミニマリストの方々のブログや動画を見るのが楽しい」と感じるのも同じことで、「こういう理想の自分になれる可能性が、自分には閉ざされていない」と思うのが楽しいということなのでしょう。きっと。

理想の未来を信じて物を厳選し終わったミニマリストも凄いし、今がそれなりに上手くやれているならミニマリストにならずに「理想の自分」を温めておくのも一つの選択かもしれない。ミニマリストにならずとも行動する方法はある

なので、自分を信じて、思い切って自分の物を選び切ったミニマリストの方々は素直に凄いと思います。一方で、本記事を見て「ミニマリストになったら、変わり映えのしない自分に大ダメージを受けるタイプかもしれない」と思ったなら、とりあえず現状維持を選ぶのも一つの選択でしょう。

もっと言うと、「物を選別する」ことに固執しなくても、「自分はどうなりたいのか」よく考えて、そうなれるように直接行動を起こすのでも全然構わないと思います。

 

 

以上、当時はそこまで変わる必要に迫られていなかったものの、現在状況が変わってきているギャクバリがお送りしました。そのせいで(?)、ミニマリストまでは行かずとも、こんまり流くらいには物を厳選する気に再びなるかもしれません。しかしながら、まだしばらくはブログ名の通り「逆張り」していくつもりです。

7回目となる次回は、「佐々木典士さんの本に物申したいことは何もない」という話をします。