ミニマリストに逆張りするブログ

ブログ名にも逆張りして、物を減らしました。しばらく本の話をします

「全面的には同意できないときの本のレビューの書き方」について私の例を紹介。ポイントは賛成できる点も書くこと

どうも。早くも仕事が夏休みに突入しているギャクバリです。

 

今回は、「読んだ本に全面的には同意できず、反対意見や共感できなかった部分についても述べておきたい場合の、感想やレビューの書き方」について、私の書き方を一例として挙げます。

使用する本は『しょぼ婚のすすめ 恋人と結婚してはいけません!(えらいてんちょう著)』です。

(1)ブクログでレビューを書く

いつもは読書メーターに書いた分を、このブログにも載せているのですが、

今回は読書メーターの字数制限(255字以内)では上手くまとめきれなかったので、

ブクログ(字数制限なし)のレビューを下に載せます。

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それでは、順番に見て行きます。

①「本書を手に取ったきっかけ」を書く

①著者がyoutubeに投稿している動画で、「会社とも実家とも折り合いの悪かった女性に、出会って2日でプロポーズした」と話していたのが印象的で、たまたま本書を図書館で見つけたので借りた。

私にしては珍しく、「本を読もうと思ったきっかけ」を最初に書いています。

 

補足しておくと、著者の「えらいてんちょう」さんが、Youtubeの動画内で、

彼の現在の妻である女性が「会社がしんどいけど、実家とも折り合いが悪いから、会社辞めたら死んじゃうな」と話したのを聞いて、

「じゃあ、結婚して私が養いましょうか」と、出会って2日でプロポーズしたという話をしていたのを、この本を読む前に視聴していました。

 

この台詞、「私も仕事で稼いだら、相手の人に言ってみたいプロポーズの台詞ナンバーワン」と思うくらい印象的でした。

そういうこともあって、図書館でこの『しょぼ婚のすすめ』を見つけたときに、読んでみようと思って借りたという流れです。

②「本全体の内容」を書く

②本書では、結婚するメリットと結婚生活を継続するコツが書かれている。

続いて、「どういう本なのか」という、本全体の内容について書きます。

本の内容に賛成か反対かに関係なく、「どういう内容の本なのか」は書いておいた方が分かりやすいと思います。

③先に「賛成・納得できたところ」を書く

③本書で述べられている「他の条件に対する感じ方は人それぞれだか、歳は必ず取るので、結婚する一番のタイミングは今」という論理は納得できた。

また、結婚すれば社会的信用度が上がり、人間的に成長し、生活コストが下がるので経済的にも節約できるという話もその通りだろうと思った。

そして、本を読んで「賛成できるところ」「納得できるところ」を先に書くのがよいと私は思います。

理由は後で書きます。

④「反対・共感できなかったところ」を書く

④しかし、読み進めると結婚したくなくなって来るのが「家事等は夫婦のやらないと困る方がするとよい」という箇所で、「結婚相手と我慢比べするくらいなら結婚しない方が気楽である」という考えが拭い切れなかった。

勿論、結婚相手に丁寧に依頼すればよいことも書かれているわけだが、本を読む限りでは、ほとんどの家事を著者の妻の方がしているようなので、余計に気になった。

ここまで書いてようやく、本とは異なる意見や考え方を述べるくらいで丁度いいと私は思います。

理由は、後ほど書きます。

⑤(③’)最後に、できれば、もう一度「良かったところ」を書く

⑤(③’)しかしながら、最後のQ&Aの視点は良かったと思う。

最後に、印象をやわらげるために、もう一度、賛成できる部分について書くとよいですが、この部分は、自分の心情によっては省略して良いと思います。

 

それでは、なぜ、異なる意見を述べたいときに、先に納得できる部分について書いた方がよいと思うのかについて、理由を次に書きます。

(2)「賛成や共感、納得、良かったと思う部分」を先に書く理由

改めて言うまでもないかもしれませんが、

本を書くのには膨大な時間と労力がかかることは想像にかたくありません。

そして、その本を読んだ読者の中には「この本は面白かったなあ」と思う人たちも当然いるはずです。

 

そのような中で、あまり配慮なく、いきなり反対意見のみ述べるのは、あまり好ましいことではないと私は思います。

 

実際に、人と対面して会話したり議論したりするときも、

いきなり否定から入るのではなく「ここはいいと思うけど、ここはちょっとどうかな?こういうのもありなんじゃない?」というような話し方をする人も多いのではないかと思います。

 

目の前に相手がいなくても、著者も読者も存在しているので、同じように、その辺りの配慮はした方がよいというのが私の考えです。

 

「全く褒められる箇所が見つからない」という場合は、レビューを書かないくらいの意気込みで、良かった箇所を探しましょう。

 

ただし、ブログに書くときのように、「ズバッと言うのがその人の芸風」と差し引いて考えられている場合は、例外もあり得ます。

(3)「同意できなかった部分、反対意見の部分」は感情的にならず、細心の注意を払って書く

最後に、「同意できなかった部分」についてですが、

「賛成できるところを書いたから、何を書いてもいいぞ~!」と暴走するのではなく、

ここもやはり自制心が求められるところだと私は思います。

 

頭はクールに、細心の注意を払って書くのがベストなのではないでしょうか。

 

そう考えると、私の挙げた例は、やや書き過ぎているきらいがあるかもしれません。

 

しかも、今更になって、「別に反対意見としてレビューに書く程のことでもなかったかな」という説も私の中で浮上してきています。

「自分に合わないな」と思う部分は、自分に合うようにカスタマイズすればいいだけですからね。

 

「本に共感できないところがあったときに、感想やレビューをどう書くか」というのは難しいところもあるかと思うので、何かしら参考になれば幸いです。

 

 

以上になります。えらいてんちょうさんの結婚の話に関しては、個人的には、本よりも動画の方がしっくり来て好みでした。

 

動画はこちらになりますので、興味のある方はどうぞ。

 

次回は、「本の種類による値段の相場と、本を買う目的別による予算設定」の話をします。

仕事関係の本は、すぐに読まなくても持っておくだけで役立つ

どうも。さらにブログに書く本ネタを整理して、今回の話を除いて後3つで十分だなと考えているギャクバリです。

 

今まで散々「いかにして読むか」という話をしてきましたが、

今回は、「すぐに読まなくても手元にあるとよい本」の話をします。

いわゆる「積ん読(読まずに積んでおく本)」についてです。

(1)仕事の本は何故か読む気になれない問題

仕事をし始めてから、ひしひしと感じるようになったことに、

「今までワクワクドキドキで読めていた分野の本なのに、

その分野の仕事に就いた途端、義務感と責任感で粛々と読むようになったな」ということがあります。

 

皆様にも似たような経験があるでしょうか。

 

それでも、読んでいる内はまだ良いのですが、

下手をすると、仕事関係の本は読まずに後回しになっているときがあります。

そして、本当に必要に迫られたときに慌てて読んで、「もっと早くから読んでおけばよかった」と思うときもあります。

 

理由は、私の中ではっきりしています。

 

本屋で立ち読みして「この本は読み進められそう」「興味ある!」と思った本以外も、

「この本は必要になるかもしれない」「とりあえず買っておこう」という本まで買い込んでいるからですね。

 

そのため、仕事関係の本の中でも、興味津々の本は読めて、義務感で買った本は読むことなく本棚に収まっているというわけです。

 

「はよ読め」という話で、本当ならここで「義務感で買った本も、放置せず読む方法」をお伝えできたら良かったのですが、私にも分かりません。

「必要に迫られるまで読むのを待つか、必要に迫られる状況に自分を追い込む(=勉強会、研修、講話を引き受けるなど)」というのが現在の私の対処法です。

(2)いざと言うときに必ず役に立つのが仕事の本

 「それなら、買わなければいいか」というと、そうでもないように私は感じていて、

「仕事に必要なんじゃないか」と思って買った本は、やはり後々になって仕事に必要になるときが来ることが多いように感じています。

 

私が大型書店のある地域に住んでいないことも大きいですが、

「明日のために調べて読みたい」というときに、手元に参照できる本があると「本当に良かった」と思います。

 

すぐに読んで自分の糧とできなくても、いざというときに自分の役に立ってくれる本というものもあるのではないかというのが、今の私の考えです。

本当はすぐに読んでしまうのが一番なのでしょうが、力及ばずといったところです。

(3)ときには積ん読を恐れない心をもつ

そのため、読むに越したことはありませんが、

ときには「読まずにそのままにしておく本」を持つことを恐れないことも必要なのではないかなと思います。

 

今回は、仕事関連の本を例として挙げましたが、

仕事に限らず、「この本は自分にとって必要だ」という本を持っておくこと、

そして、「やっぱり必要なかったな」と思ったら怖がらずに処分することも大事なことなのではないでしょうか。

 

そうして、読んだり読まなかったりを繰り返して、色々な本に出会えるといいなと思っています。

 

 

以上になります。今回の話は短めなようで普通に1000字は越えているので、実際はこのくらいのボリュームが丁度良いのかもしれませんね。

 

次回は、「本に異を唱えたい(共感できなかった)ときの本のレビューの書き方」について、私の実例つきで書きます。

難しかった本を、間を空けずに2回以上読むことの良さ

どうも。8月初日で、すがすがしい気分のギャクバリです。

 

今回は、「読んで難しいと感じた本を、あまり間を空けずにもう一度読むと、

今度は驚くくらい内容が頭にスラスラ入って来ることがある」ということと、その理由についての話をします。

(1)何故、難しい本は、読むのが難しいのか

本には、一回読むだけで、スッと内容が頭に入って来る本もあれば、

読みながら何回も引っかかりを覚える難しい本もあるかと思います。

 

「本の中で使われている言葉が難しいから」という理由も勿論あるでしょうが、

読んで難しく感じる一番の理由は、

「初めて聞く話なので、話がどこに向かうかが分からず、

読み進めながら予想していた内容とは違う方向に、話が進むことが多々あって、

本の内容に振り回されるようで疲れるから」だと私は考えています。

 

どういうことかと言うと、例えば、分かりやすく読みやすい本は、読み手がある程度、予想できる方向に話を持って行ってくれます。

 

分かりやすい本として、『学問のすすめ』を例に挙げると、

「人間は生まれたときは平等なのに、格差があるのは何故か?」という問いから、

「それは、学べば、難しい仕事をして地位が高くなり、学ばなければ簡単な仕事をして地位が低くなってしまうからだ(だから学ぼう)」という方向に話が進みます。

 

これは、現代の常識から大きく外れているというわけではないので、

「読んでいて予想だにしなかった方向に話が進んで、著者に振り回された」と感じることなく、「なるほど」と頭に入って来やすいわけです。

 

一方で、私が難しいと感じた『サル化する世界』という本を例に挙げると、

一神教は、何を“人間性”と考えているか?」という問いに、

「神を畏(おそ)れる心、つまり、人間を超えるものがあると考えられることを、“人間性”だと考えている」という方向に話が進みます。

 

私が宗教に詳しくないのもあるかもしれませんが、

「この話はどういう結論になるのだろう?こういう話かな?あっ、違った」というように、

どういう流れで話が進むのか見当がつかない本が「難しい本」だと私は思っています。

 

このような難しい本は、読むのが難しい一方で、

「今までの自分では考えも及ばなかった考え方を提示してくれている」という意味では、読む価値ありと言えるのではないでしょうか。

(2)間を空けずに再読すると、最初に読んだときよりも、難しい本の内容が頭に入って来やすい理由

「話の結論の予測がつかない本は、読んで難しく感じる」という話をしてきましたが、

この難しい本を、つまずきながらも苦労して最後まで読み切ったとします。

 

この時点で、ツギハギであったとしても、本の全体像や、著者の言いたかったこと(結論)が、おぼろげながらでも理解できたはずです。

 

すると、どうでしょう。

 

もう一度、同じ本を読んだときに、ある程度、本の話の流れを掴んでいるので、

結構スラスラと内容が頭に入ってきやすいのです。

 

私も、このことに気づいたときは驚きでした。

 

逆に、「何で一回目に読んだときは、あんなに難しいと感じたんだろう?」と訝(いぶか)しく思ったくらいです。

 

その理由を考えていて、

「そうか。最初に読んだときは、本の内容が予測できなかったから読みにくく感じたけれど、

再読したときは、本の内容が分かっているから読みやすく感じるのか」ということに思い至りました。

 

ある意味、「本に書かれている内容が、自分の中での新しい常識になった」と言えるのかもしれません。

(3)難しかった本を、再読する良さ

まとめると、「難しい」と思った本ほど、

一回読んで「あー難しかったな、この本。自分が読むにはまだ早かったかな」と放り投げるよりも、

もう一回以上読み直してみると「あれっ、この本こんなに読みやすかったかな?」と思える良さがあるという話になります。

 

ちなみに、再読には誤読に気づけるという良さもあります。

私の話になりますが、3回目に読んだときに、ようやく誤読に気づいたときもありました。

全く逆の意味で読んでいた部分があったのには自分でも驚愕しましたね。

 

皆、本を読もうとすると、限られた時間の中で、本を読む時間も作る必要があるということで、

速読(速く読む)や多読(沢山の本を読む)が良しとされる風潮があるような気もしますが、

「これは」という本は、繰り返し読んでみると、内容を自分のモノにできるようで面白いのではないかなと思います。

 

 

以上になります。

ただ、前にも書きましたが、「本を読むことにまずは慣れる」という意味では、

最初は自分にとって興味があって本当に読みやすい本を沢山読むのが一番と思います。

 

次回は、「仕事に関係する本は、手元に置いておくだけでも役に立つ」という話をします。

作ったことのなかったジャガイモ料理を2つ作る

どうも。このブログで料理に取り組んでいたときに、ジャガイモ料理を全く作っていなかったことに気づいたギャクバリです。

 

というわけで、今回は、ジャガイモ料理を2つ作った話をします。

(1)焼くだけでできるコロッケ

きっかけは、たまたま下の記事に「大量の油で揚げなくても作られるコロッケの作り方」が書かれてあるのを見つけたことでした。

作り方は下の記事に載っています。

botti-azarashi.hatenablog.com

「この作り方なら、私でもコロッケを作られそう」と思ってはいたのですが、そのままになってしまっていました。

 

ですが、自分のはてなブックマークを見直していた(タグ分類した)ときに、

「作ろうと思っていたんだった」と思い出して、挑戦してみました。

 

完成したものがこちら。

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パン粉があまり付いていないように見えるのは、粉を付ける順番を間違えたからです。

本当は、「薄力粉→卵→パン粉」の順番でタネに付けて行くのですが、

何を思ったのか「薄力粉→パン粉→卵」の順番で付けてしまった結果です。

 

こういうところで、料理の常識がないのが嫌になりますね。

ただ、味は美味しかったです。

良い作り方を紹介いただいてありがとうございました。

(2)潰しにくいメースクインで作ってしまったポテトサラダ

ポテト料理をもう一つ、つい惣菜で買いがちなポテトサラダを自分でも作ってみようと思い実行してみました。

 

下のキューピーのサイトを参考に、材料からニンジンとハムを抜いて作っています。

ジャガイモはコロッケのときと同様、電子レンジで柔らかくしました。

www.kewpie.co.jp

それで、作ろうとしたのは良かったのですが、ここでもまた料理の常識のなさが露呈してしまい、

男爵いも(ジャガイモ)でなく、何故かメースクインの方を買って来たせいで、

潰して柔らかくするのにかなり手こずります。

 

「コロッケのときと比べて何でこんなにポテトを潰しにくいのだろう」と思って調べたところ、

どうやら、「男爵いもは、コロッケやポテトサラダなどの潰す必要がある料理のときに使い、メースクインはカレーライスや肉じゃがなどの形を残しておきたい料理のときに使う」という違いがあるようです。

えっ、今までカレーライスを作るときに男爵いもの方を使っていたような…。

いえ、何でもないです。

 

ただ、メースクインでポテトサラダを作っていらっしゃる方もいるようだったので、諦めずに何とかメースクインを潰して作りました。

 

潰すのに、木べらよりもフォークが役立ちました。

メースクインを小さく砕くのにフォークで刺して、さらに滑らかにするのにフォークの腹の部分を使うと良かったです。

 

完成はこちら。

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メースクインの塊は残っていましたが、自分が作った補正で美味しかったです。
よく買う惣菜のポテトサラダには玉ねぎが入っていないので、

玉ねぎを入れられたのは良かったかなと思います。

ですが、潰すのに手が疲れるので、今度からは間違えずに男爵いもを買いたいところです。

 

今までジャガイモ料理は作って来ていませんでしたが、

今後は作って行けたらなと考えています。

 

 

以上になります。料理は奥が深いですね。

 

次回は、本の話に戻って、「難しかった本を、あまり間を空けずに読み返すことのメリット」について話します。

 

「本について思うこと」の話はあと何個頭の中に浮かんでいるかなと紙に書き出してみたところ、次の話も含めて6個ありました。

6月から本の話を始めて「2か月間くらい続ける」と最初に言っていたので、ちょうどよく締められそうです。

その後は、本については、サブで、本のレビューを挟んで書いて行くようにしようかなと考えています。

石鹸一つで服についたボールペンの汚れを落とす方法

どうも。服を着られなくする原因の第一位が、油性ボールペンの汚れとなっているギャクバリです。

 

今回は、カッターシャツ売り場の店員さんから聞いた、服についたボールペンの汚れを落とす方法について書きます。

 

私も試してみたところ、本当に落ちたので驚きでした。

(1)普通に洗濯しても落ちないボールペンの汚れを石鹸一つで落とす

私はいつも、仕事では襟付きシャツを着ると決めているのですが、

このシャツをよくボールペンで汚してしまいます。

ちなみに、使っているのは下の写真のボールペンです。

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このJETSTREAMというボールペンは、「書き味抜群でかすれない、安い、どこでも売っている」という三拍子のそろった素晴らしいボールペンで愛用しているのですが、
油性ボールペンなので、服に付いてしまったが最後、普通に洗濯しても落ちないので困っていました。


ところが、ある日、カッターシャツ売り場で、服を選びながら店員さんに、

カッターシャツは大抵、ボールペンで汚してしまってダメにしてしまうんですよ」と話したところ、

店員さんが一言。

 

「ウタマロ石鹸で手洗いしたら落ちますよ!」とのこと。

 

私が、「ウタマロ石鹸って、液体のものですか?固体のものですか?」と尋ねたところ、

店員さんが「私はいつも固体のものを使っていますね」と教えてくれました。

 

シャツを買って店員さんにお礼を伝え、その足で、ウタマロ石鹸を購入して帰宅。

早速、油性ボールペンの汚れのついてしまったズボンで、汚れが落ちるかどうか試してみました(ズボンも汚している)。

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ウタマロ石鹸をボールペンの汚れの部分にこすり付けて、ぐしぐしと手洗いしたところ、しばらくしたら本当に綺麗に落ちました。

 

これは凄い!汚れが落ちず、捨てる一歩手前だったズボンが1枚救われました。

(2)直接石鹸に触れないように注意

このように、汚れを落とす効果は抜群だったのですが、一つだけ注意点があります。

 

それは、「結構強い石鹸のようで、普通の石鹸と違い、肌に直接触れると手荒れしやすい」ということです。

 

「ウタマロ石鹸」という名前から何となく優しいイメージを受けていて、

うっかり手袋も何もせずに、直接手で石鹸を持ってゴシゴシしていたところ、親指の皮が剥けかけていました(クリームを塗ったら元に戻りました)。

 

そのため、ウタマロ石鹸で手洗いするのを試されるときは、ビニール手袋などをしてから石鹸を触るようにした方がよいと思います。

 

ビニール手袋さえすれば、石鹸一つでボールペン汚れが落ちるのでお勧めです。

 

 

以上になります。その道に詳しい人から話を聞くと思わぬ発見があるなと思いました。

次回は、また本の話ではないのですが、ブログで料理に取り組んでいたときに1回も作っていなかったジャガイモ料理を2つ作った話をします。