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自宅の漫画を全部捨てた後に一番に見返したくなったのは意外とBLEACH―「自分の選択に正解も不正解もない」に気が楽になる

どうも。今回は、自宅の漫画を全部処分した後、ブリーチのある部分を一番読み返したくなった話をします。

引っ越しを前に、物を減らす作業をする

私は近々引っ越しをしようと考えているのですが、今まで引っ越しの度に大移動させていた200冊以上の漫画を最近全部処分しました。ただ、実家にはそれ以上の漫画があります。

漫画を多く抱えている方なら分かるかと思いますが、漫画は1冊1冊なら軽く感じるのに、まとまった量になると途端に重くなるんですよね。それに、かさ張る。

他にも色々理由があって、思い切って漫画を全処分することにしたわけです。

BLEACH(ブリーチ)はネタにされがちだが、良い台詞が多い

BLEACH(ブリーチ)』は、週刊少年ジャンプで15年間連載されていた長編漫画で、全盛期は『ワンピース』や『NARUTO』と並んで『BLEACH』を含め、「ジャンプの三大看板漫画」と言われていたような作品です。

 

ただ、真面目に読まれるだけでなく、読者に茶化されるようなところもあったように思います。ブリーチのキャラが皆して驚いた時に「何…だと…?」と言いがちなので、読者も「何…だと…?」と真似したりとかですね。

勿論、漫画を好きな気持ちがあるからこそネタにされている感じです。

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何…だと…?(『BLEACH久保帯人より)

ですが、ネタとしてでなく真面目に読んでも、ブリーチは「台詞がいいなあ」と思うんですよね。

漫画は全部処分してしまいましたが、ジャンプ雑誌で「ここ良いな」と思った箇所をいくつか切り取っておいた私は、読み返していて凄く今の自分の心境に当てはまる台詞があったので書いておきたいと思います。

「だけどそこに利害は無い。正解も不正解もない」という台詞が今の自分に沁みる

ブリーチを読んだことがなく、読んだとしても『尸魂界篇(ルキア奪還篇)』か『破面篇』までしか読んだことがないという方もいると思うので簡単に説明しておきます。この台詞は『最終章(千年血戦篇)』で言われていたものなので!

 

まず、ブリーチの大まかなあらすじとしては、

現代日本に住む主人公の黒崎一護が「死神」の力を得て、成仏できない霊を「尸魂界(ソウルソサエティ=天国みたいな所)」に送る仕事をするようになります。

その「尸魂界」で処刑されそうになっている仲間を助けるために戦ったり、悪霊(虚:ホロウと呼ばれている)が住んでいる世界に仲間がさらわれて、仲間を助けるために戦ったりする話です。

―そこ!ワンパターンとか言わない!

 

それで、最終章では、「死神」と長年対立していた「滅却師(クインシー)」が攻め入って来たので戦うことになります。

主人公は勿論「死神」の力を持っているので基本死神サイドなわけですが、主人公の仲間の1人に「滅却師」がいて、滅却師でもある同級生の石田君が滅却師サイドに入ったところから最終章が始まります。

 

最終章のクライマックス間近は、その石田君の台詞が良かったんですよね。

 損得でなく、自分がしたいと思った通りに行動できることを「嬉しい」と思う

石田君は、滅却師サイドに入ることで、かなり強力な能力を手に入れます。

 

それで最後、滅却師の頂点に立つ陛下の側近と戦うわけですが、その時にハッシュヴァルトというその側近から、

 

「人は皆 秤(はかり)の上を歩いている

生き 出会うものごとの全てを 正誤の秤(はかり)にかけながら進んでゆく

己にとって何が正しくて何が誤っているかを振り分け

振り分けられた正誤の破片が折り重なって人の姿を為(な)す

それが自分自身だ」

 

それから、色々言われた後に、

 

「本当にあの浅薄な人間共(=主人公達のこと)の為に命を賭ける事がお前の本望なのか?」

 

と続きます。要は、ハッシュヴァルト(側近)は、

「主人公達のために動こうとするのは間違いで、滅却師である陛下のために動く選択をすることが、自分も成長できるし、利益があるから正しい」

と言いたいわけです。

 

石田君も、学年1位を取るくらい頭が良く、頭で考えて行動するタイプで、

滅却師ということもあり主人公達にいざと言う時は協力するものの、有事が終わったら主人公達とは距離を置くことが多い人でした。

 

それが最後の最後で、

 

「……僕は……今まで……全て冷静に……君の言う天秤にかけて行動してきたつもりだ……

でも黒崎(=主人公のこと)はバカだからそれができない

助けたいと思ったら助けに行くんだ

井上さんもバカで茶渡君もバカで朽木さんもバカで…阿散井もバカだ…

僕がもし…そのバカな連中と同じに見えているのなら…

僕は嬉しい」

 

と話すんですよね。続けて、

 

「……天秤は……選択だと言ったな…

僕はその選択で…彼等と共に居る事を選んだ……

だけどそこに利害は無い

正解も不正解もない

 

僕らは友達だからだ」

 

とはっきり言います。

 

この一連の流れを、雑誌の切り抜きではありますが読み返した時に、凄く気づかされるものがありました。

 

ここ最近、物を捨てるか残すかの作業や、転職活動をする中で、「どうするのか」の選択を迫られる機会が非常に多かったです。

その中で、心のどこかで「本当に正しいのか。それとも、間違っているのか」ということは絶えず考えていたように思います。

 

ですが、この「自分のしたいように行動した選択に、正解も不正解もない」という部分に、肩の荷が下りたような気がしました。

 

石田君は人間関係についての選択の話をしていますが、「自分の選択」について他の内容にも当てはまりそうだなと思った次第です。

ブリーチの73巻~74巻(最終巻)を残しておいても良かった

そういうわけで、上記のやりとりのある73巻~74巻は、今の自分にとって示唆的なので残しておいても良かったかもなと思いました。

 

もっと言うと、うっかりエピローグ的な最後2話の分を、ジャンプから切り取る前にジャンプ自体を処分してしまっていて、せっかくならエピローグをもう一回見たかったなという気持ちです。

 

機会があれば、漫画喫茶で読めたらいいなと思います。

 

 

以上になります。ブリーチって、ミニマリストの皆様と相性が良い漫画だと思うんですよね。余白を大事にしている漫画なので。以下の画像参照。

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ジャンプ三大看板漫画の背景比較。BLEACHは一番下画像

ミニマリストの方達に選ばせたらBLEACH一択じゃないですか?

 

BLEACHは、ミニマリストを先取りした漫画だった説ありますね。この話で一本記事書けそう。

 

それでは、次回は、漫画以外の本類を減らしたその後がどうなったかについて書きます。