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ミニマリストは同棲相手や結婚相手に救われる?ミニマリストにとって同居人は妨げではなく感謝すべき相手である3つの理由

どうも。事前に考えておいたブログのネタが、今回の記事を含め残り2個となったので一気に放出してしまおうと計画しているギャクバリです。出来れば午前中に残り2つとも書いてしまって、午後からはこのブログにも関わる重要なことを始めたいと思っています。

それでは、9つ目の記事となる今回は、「一見、『必要最小限の物だけ持っておきたい』と考えるミニマリストにとっては、同棲相手や結婚相手は障壁となるように思われるが、実はミニマリストは同居人に救われるのではないか」ということについて考えたので根拠を3つ述べます。

ミニマリストにとって同居人は邪魔な存在?

ミニマリストが「自分にとって必要な物だけを残し、他の物は持ちたくない人」のことだとするなら、「余計な物を大量に引き連れている同棲相手・結婚相手」は本質的には邪魔な存在なのでしょうか?

ミニマリストの方々は、大抵の場合「気になるのは自分の物だけで、他人の物には頓着しない。他人の物は気にならない」と答えます。しかし、そういう消極的な肯定ではなく、ミニマリストにとって同居人は「ありがたい存在」であると積極的に評価すべきものなのではないかと思ったので、以下に理由を3つ挙げます。

根拠①:ミニマリストにとって、同居人は「免罪符」となる

私自身はミニマリストではありませんが、ミニマリストの方々の発信物を拝見するに、ミニマリストの方々は「このモノはなくてもいいんじゃないか?」という気持ちと「このモノはあった方が便利なんじゃないか?」という気持ちが格闘する時があるのではないかと推測します。

もし、一旦捨ててみようかと考えたものが洗濯機や冷蔵庫等、高価な生活必需品と呼ばれる物であった場合、「やっぱり必要だった」と気づき買い直すとなると高くつきます(リサイクルショップ等で買えば値段は気にならないかもですが)。

高い物に限らず、机やイスにしたって「あなた自身は“完璧な”ミニマリストなんだけど、同居人にとっては必要だから、同居人の持ち物として部屋に置いているんだ」と主張することが、自分に向けても、他人に向けても可能です。

つまり、自分のミニマリストとしての信念は曲げずに、物の便利さを享受することが出来るわけです。それもこれも全て、同居人が「便利な物を持つ」ということを負担してくれたおかげです。感謝しない手はありません。

根拠②:ミニマリストにとって、同居人は「ストッパー」になる

ミニマリストは自分の家から疎外されている?―ミニマリストが引っ越したくなる本当の理由― - ミニマリストに逆張りするブログ」という記事でも書いたのですが、「同居人にとって捨てるのに抵抗がある物、同居人が必要と感じる物」は、同じ人間であるミニマリストにとっても必要な物、あった方がいい物である可能性が高いです。食べたり寝たりする動作はどの人間もするからです。

しかし、視野が狭くなったり、事を急いたりした結果、本当に必要な物、捨てたら取り返しのつかない物までミニマリストが捨てそうになっている時に、同居人が「それは捨てられたら困る」「それ本当に捨てて大丈夫?」と止めてくれるストッパーになってくれることでしょう。

同居人の忠告を「うるさいなあ」と適当にあしらうのではなく「もう一人の自分(人間的な部分)」が注意喚起をしてくれていると感謝し、冷静に考え直してからでも捨てるか残すかの決断をするのは遅くはないはずです。

根拠③:ミニマリストにとって、同居人は「セーフティ」となる

これは次回の、ミニマリスト論の最終記事にも改めて書くつもりですが、ミニマリストは「今の自分にとって必要な物」のみを残しているので、自分の変化や環境の変化に対して脆弱なのではないかと私は考えています。

例えば、「コインランドリーを使えばいいから」と自宅に洗濯機を持っていないミニマリストが、近所のコインランドリー屋が潰れてそのコインランドリーを使えなくなった時、

「もしもの時にはクリーニングに出せばいいから」とアイロンを捨てたものの、緊急で服にアイロンをかけなければいけなくなった時、

私の想像力が豊かじゃないため、あまり深刻な例が思いつきませんが、周囲の環境がガラッと変わった時、自分の状態がガラッと変わった時に、必要最小限の物しか持っていないと、真っ先に絶滅してしまう危険があるのではないかと考えます。

自分や環境の変化に弱ってしまったミニマリストに必要な物を手渡してくれる存在、「ちょっとその物が必要になったから貸して」とミニマリストがすぐに助けを求められる存在が同居人なのです。

自分の命を保証してくれる同居人を邪魔者扱いするなんで飛んでもない!ということがお分かりいただけかと思います。

まとめ:ミニマリストにとって同居人は命綱になり得る

もし、ミニマリストが誰かと一緒に暮らしているなら、もしくは、ミニマリストを目指している人が同居人の物が多すぎると思ったなら、「逆に、この人がいることで自分は物を持たなくても済んでいるのではないか?もしもの時に助けてくれるのはこの人なのではないか?」と考え直すことをお勧めして、話を締めます。

 

 

以上、今が午前11時くらいなので、もう1本の記事を午前中に書いてしまうのは無理と気づいたギャクバリがお送りしました。ブログ開始前に考えておいたミニマリスト論の最終記事となる次回は、「ミニマリストは“今”以外の環境に脆い?」というテーマについて、本記事でも少し触れましたが、もう少し詳しく述べます。

また、今後のブログの方針ですが、次回の記事を書いた後は、新たな段階に移りつつミニマリスト逆張りする視点も忘れないようにすることを計画しています。それでは。